天保七年(1836年)築 校倉造り
戦後奈良井宿より移築された蔵で、薬問屋の蔵だったと伝えられている
桁行二間半、梁行三間、二階建、校倉造りで外壁は漆喰で塗り籠め、屋根はトタン葺の置き屋根
垂木や棟木は移築時に取り替えられているが、校木はすべて当初のものが残る
平沢や奈良井ではほとんど見られない珍しい建物であり、木地師が塗師の仕事もおこなうようになる過程を示す貴重な遺構である
(伝統的建造物群保存対策調査報告より)
戦後奈良井宿より移築された蔵で、薬問屋の蔵だったと伝えられている
桁行二間半、梁行三間、二階建、校倉造りで外壁は漆喰で塗り籠め、屋根はトタン葺の置き屋根
垂木や棟木は移築時に取り替えられているが、校木はすべて当初のものが残る
平沢や奈良井ではほとんど見られない珍しい建物であり、木地師が塗師の仕事もおこなうようになる過程を示す貴重な遺構である
(伝統的建造物群保存対策調査報告より)