木曽漆器

木曽漆器の始まりについては、今から600年程前にさかのぼります。

木曽福島町八沢(昔は富田町と呼ばれていました。)に、竜源寺というお寺があります。

そのお寺にある経箱(お経を入れておく箱)は、漆塗りでできており、経箱の裏に「応永元年」の年号と作った人の名前が書かれていることから、この頃には、もうすでに漆塗りが行われていたということになります。

さらに、1652年~1655年頃には、楢川村平沢(当時は奈良井村平沢)地域では、漆塗りが行われていた家があったと伝えられています。

また、江戸時代の領主「山村甚兵衛」のもとで、木曽檜の利用が許されており(檜は漆器の木地として使用していました)、京都・大阪・江戸を旅する人たちにとって、おみやげ品として人気があり、日本中に木曽の工芸品は広まっていきました。

特に、楢川村での漆器産業が発達したのは、明治時代初期のことで、職人達は良い品物を作るために、その頃評判の高かった石川県輪島へ漆塗りの技法を習得しようと出かけていきました。

また、地元で漆器には欠かせない下地作りにとても大切な「錆土」というすぐれた粘土が楢川村奈良井より発見されたことにより、他の産地よりも大変に丈夫で、長持ちする漆器が作られるようになりました。

これらに、木曽で有名な木曽五木を利用し、日本でも有数な漆器の産地となり、長い歴史の中で今日に至っています。

漆とは、漆科植物から採った樹液(木から採れた汁)です。塗料または接着剤となる物資で、東洋独特の植物です。

塗料として世界で最初に使用されたのは、今から四千年も前の中国と言われています。

日本では縄文時代の土器から、漆を使用したものが沢山発見されています。

国産漆は、産出量は少ないですが品質はとても良く、主な産地は、青森・岩手・秋田・石川・長野・岐阜・福井・新潟・千葉・茨城県などです。

漆の良い点は、塗料として酸やアルカリに強く、また高温・低温などにも強い物です。

電気も通しにくく、紫外線・赤外線に対する抵抗力も、他の人工塗料よりすぐれ、接着剤としても大変すぐれた性質を持っています。

漆の液を採るために、木に傷を付ける所を決め、皮剥(曲)で表面の皮を削り取ります。

掻き傷を掻鎌という道具を使って、6~8mmくらいの間をあけて、平行に傷をつけます。

掻鎌と一緒に付いている鋭利尖刀で、傷の中心を深く突き切ると漆の液がしみ出てきます。

漆の液がしみ出てきたところを、鉄製の掻ヘラで掻き取り、受筒(漆壺・合筒)に採り入れます。